シーン20「迫りくる闇」
玄関先で、女の人が出迎えてくれた。
年齢からして先生というのはこの人ではない。
多分ツェツィーリエ先生だ。
「あらー、どうしたのー?」
「ちょっと……ツェツィーリエ先生に伺いたいことがあって……」
「今お客様が見えているから、とりあえず中に通すますねー」
中に入るとちょうど先客との話も終わったらしく、貴族らしい立派な服を着た老紳士が部屋から出てくるところだった。
「ん、客人かな?」
老紳士は私を見つけると興味深そうにそう話しかけてくるのだった。
「はっはっは。このポケモン私を見て震えておる」
「あっ、すみません」
クルルを落ち着かせようとしたけれど、クルルの震えは止まるどころかもっと大きくなっているようだ。
「ふむ、なるほど」
老紳士は顎に手をかけ少し考える仕草をして見せたが、その立ち振る舞いがいかにも貴族らしい存在感を際立たせていた。
「時に君は地震は好きかね? 嫌いかね?」
地震。そんなものは大嫌いに決まっている。
「私は……地震は嫌いです」
「ふむ、君とは気が合いそうだ」
満足げにそういうと、懐に手をかけ何かを探っているようだ。
「君に、これをやろう」
左手でクルルを抱き右手で受け取ると、手渡されたそれはなにやら金色に光る塊だった。
「大事にしたまえ。それは私の金の玉だからね」
「でも、こんな高価なもの」
「はっはっは。金ならいくらでもある。それよりもそれは私の金の玉だからな。大切にしたまえ」
そういうと高らかな笑いを残して去っていくのだった。
クルルの震えは大分おさまったようだ。
「あら、公爵、アイちゃんのこと気に入ったみたいね」
そこにツェツィーリエ先生が現れる。
「こんにちは」
「ふふ。こんにちは。今日は何かご用?」
「はい、いくつか伺いたいことがあって」
「じゃあ、奥の部屋に行きましょう。長くなりそうだから」
奥の部屋に通されると、そこの壁には子供達の書いた絵が一面に張られ、窓からは海が一望できた。
椅子に座ると少し落ち着いた。クルルの震えも止まっている。
「それで、伺いたいことなんですけど……」
ここで言葉が止まった。本当にママのことを聞いていいのかどうか未だに迷っている。でも、ここまで来て聞かないわけにもいかなかった。
「……先生に伺いたいのは……フローレという女の人をご存知ですか?」
「ああ、フローレ」
先生は深いため息と共に懐かしそうにそう言うのだった。
「知っているわ。あの子は、ここで育っていったから」
「もし……もし、よろしければ、詳しく聞かせてもらえないでしょうか」
「ええ、あの子のことはよく覚えている。あの子がはじめてここに来たのは……えーと、あの子が10歳の時だったかしら」
ママはここで育てられた。でも、あのアイの墓はどういうことなの? まだ分からないことだらけだった。
「あの子は、ヴァンデマールの家から預けられたの。前に言った気がするけど、ここは、ヴァンデマールの家から施しを受けて運営されているの。さっき来ていた男の方。あの方がヴィクトール・ヴァンデマール公爵よ」
ヴァンデマールの家……有数の貴族。
「あの子は本当に賢い子だったわ。頭もよかったし……それに、何でも言うことを聞く子だった。周りの子のこともしっかり考えられる、そんな……模範的な女の子だったかな」
「素敵な女の子だったんですね」
「ええ。昼はみんなの面倒を見て、夜は勉強をしていたわ。なんでも命を育む仕事に就きたかったみたいで必死に勉強していたのをよく覚えているわ。でも、時々眠れない子がいてね……そんな時はあの子、上に連れて行って一緒に星空を眺めていたっけ」
ママは星空を眺めるのが大好きだったとパパからよく聞かされた。そして、生前は産婦人科で働いていた。
「あの子が大学に行ってからも時々遊びに来てくれて、それからしばらく来なくなったんだけど、次にやってきたとき赤ちゃんを連れてきたわ」
「その赤ちゃんって……」
ここから先は聞くのが怖かった。きっとそれが日記に出ていたアイだから……
「かわいい女の子だったわ。これも何かの縁なのかな……あなたと同じ赤い目で同じ名前の女の子だった」
「じゃあ、茂みの奥のアイの墓は……」
「ええ、あの子は仕事が忙しくて仕事の間はアイを預けにきていたの。でも何年前だったかしら……大きな地震があってこの建物が崩れてしまった」
「その時に……」
先生はただ首を縦に振った。
「あの地震は多くの命を奪ったわ。あの子の病院も火事になって、でもあの子の骨はなかなか出てこなかった。本当に酷……」
ここで先生は言葉を止めた。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「不思議ね……こんなこと絶対に人には話さないのだけれど、こうして次々と言葉が溢れてくるんだもの」
「今日は……色々話してくださりありがとうございました」
「あら……もういいの?」
「……ハイ」
アイは地震で死んだ。なら、今ここにいる私は何者なのだろう?
孤児院をあとにしたときは、もう夕方で、空にはいつのまにか雲が立ち込めていた。
今日はどんな顔で帰ればいいのだろう。いつもどおりにいられる自信はない。
路地からはずれ、雑木林を歩いていると寒い風が吹きつけてくる。明日から十二月……か。
その時、底知れぬ恐怖を感じた。
次の瞬間突然、砂が吹き荒れ、身を切り裂いていく。
クルルを抱いて伏せると前の方から誰かが歩いてくるようだった。
何が起こっているの?
砂嵐の中、何とか目を開くと黒い影がこちらに迫ってくる。
黒い衣に身を包んだ人なのかどうかもよく分からない何か。
それは一歩また一歩と確実にこちらに迫っていた。