シーン14「ツェツィーリエ孤児院で」
――次の日の学校行事。施設訪問として、私達の班はツェツィーリエ孤児院に向かうことになっていた。ツェツィーリエ孤児院では様々な事情で親がいない、あるいは親元を離れている子供達を預かっている。
「にしても、かったりーよな」
男子二人が前を歩いている。ヴェルナーは手をだらだらとさせて本当にめんどくさそうだ。
「そうだな」
ユーリもやはり面倒くさいのか、それともただ相槌を打っているだけなのか気のない返事をする。
かくいう私はシアリィとジルエットに挟まれて歩いていた。みんなで募金して集めたお金で買った、絵の具セットを携えて。
少し歩くと路地の隙間から、あの塔が見えてくる。広場に出て、右側には昨日リアさんと一緒に食事したあの喫茶店。平日の朝だとがらんとしていて人はいない。
「アイ。早く行くよ」
よそ見していると、お呼びがかかった。もうみんな孤児院の玄関前にいる。
「素敵な建物だね」
シアリィが妙に感心して例のノートに何かを書き込んでいる。私も近づきながら建物を見上げると、ひっそりとしたたたずまいに三階部分にある鐘。そして、その上を覆うおわん形のドーム。なんだか懐かしさと優しさを感じる建物だった。
その時、視界の隅に何かが映る。垣根の向こうから年配の女の人が近づいてきて、その人は会釈をするとにっこりと満面の笑みをたやして
「いらっしゃい」
と、私達を招き入れるのだった。それがツェツィーリエ先生との出会いだった。
――それから、私達は子供達のいる部屋に通され、一緒に本を読んだりして時間を過ごした。食事会を開き、そのあとの午後……
今日は天気がよかった。
私達、女子三人はそれぞれ女の子を何人か連れ、絵を描くことになった。シアリィはあの鐘のある三階から街の風景を、ジルエットは小さな庭園に作られたぶどう園を。
一方、男子は校舎よりも一段低くなっているグラウンドで男の子達とボール遊びをしていた。
私はというと女の子三人を連れ、グラウンドに面した建物の壁際に陣とった。
ローゼが海を描きたいと言い出したからだ。ローゼは私が来た時に代表で絵の具セットを受け取った女の子。女の子のグループの中でも一際存在感を放っていて、一緒にいるモニカとリリーも一目おいているようだ。
「じゃあ、描きましょうか」
「はーい」
女の子達は元気よく返事をすると、鉛筆を手に取り、絵を描きはじめた。
ここからは海がよく見える。潮風がこの距離まで吹きつけ、髪をなびかせる。空にはポッポが舞っている。ママはいつもあの海を見ているんだ。
海を臨んで私は鉛筆を走らせていた。鉛筆での下書きを終えると次は着彩。画用紙に色を加えていく。水彩では薄い色から塗るのが基本だ。低い空はベージュになっている。それに少しづつ青を加えていく。
筆を走らせながら私は考え事をしていた。
さっき御馳走になった昼食。サラダとミネストローネとパンのありふれた食事。しかし、私は一度口にした瞬間びっくりしたのだ。
同じ味?
あのミネストローネ。パパが作ったミネストローネと味が変わらなかった。ミネストローネは家庭によって全然味が違うといわれる。そのなかで今日食べたものは全く同じ味だったのだ。
「おねえちゃん、うまーい」
ローゼの無邪気な声。そうだ、この子達を見てあげないと。
そこには目を輝かせるローゼがいた。私の絵をじっくりと見つめている。モニカとリリーも興味深そうに絵に顔をのぞかせていた。
「どうやったらそんなにじょうずにかけるの?」
ローゼの絵を見るとそこには苦心の跡が見受けられた。絵の具がこすれていて水が足りないようだ。
「ローゼは、そうねえ。もう少し水を足せばよくなるんじゃないかな。お姉ちゃんがやって見せるね」
私が実演を始めると女の子達は身をのりだして、うんうんとうなずいている。ちょっと照れくさい。
「上手くやっているようね」
そこに、声をかけてきたのはツェツィーリエ先生だった。
「まあ、素敵な絵」
「そんなことないですよ」
「あなたを見てるとあの子を思い出すわ。あの子、海が好きでよくここから海を見ていたっけ」
そういうツェツィーリエ先生は何かを懐かしんでいるようだった。でもここで一つの疑問が浮かんだ。
「この孤児院って前は大聖堂のほうにあったんじゃないですか?」
「ええ。でもずっと前はここにあったのよ。あれはもう何年前かしら。大きな地震があってこの建物も被害を受けたわ。もう住めなくなって、その時ヴァンデマールの家から施しを受けて引っ越していたのよ」
ヴァンデマールの家系はこの地方でも有数の貴族だった。
「あの子はヴァンデマールの家から預けられたの。あなたと同じ赤い瞳なのよ」
赤い瞳……私と同じ。
「……い。おーい」
何かが聞こえる。でもそれが何かはすぐ分かった。
ヴェルナーがこっちを向いて大きく手を振りまわしている。ユーリはやれやれといった感じだ。
「そっちにボールとんでいったんだ。とってくれよ」
「そっちってどっち?」
「茂みの方」
ヴェルナーが指差すと確かにそこは茂みになっている。
「はいはい。ちょっと待ってね」
何だかうまく使われている気がする。
「あらあら、仲がいいのね」
ツェツィーリエ先生は何というか物腰は穏やかだけどマイペースな人でもあった。私は苦笑いをしつつも一礼すると茂みの方に向かった。木々に囲まれた茂みに一本の道が走っている。奥には白い花が咲いていて、その真ん中にボールが転がっているのが見えた。
早々とボールを手に取り、さあ帰ろうかと思ったそのとき私は見つけたのだ。
(Ai)
アイ……
私と同じ名前が刻まれた墓標。妙に気になった。よく見てみると、14年前のあのクリスマス・イヴの日付が刻まれている。クリスマス・イヴ。私の生まれた日。
「おい」
その声は、ユーリだった。
「その……悪かったな。ボール取りに行かせて。あいつ人使い悪いんだよ」
「あ、うん。これ持っていってくれる」
そうしてユーリにボールをはいと手渡す。
ユーリはそのまま帰るのかと思いきや、こうきりだすのだった。
「どうしたんだ?」
「え?」
「いや、何かあったのかなと思って」
私の名が刻まれた墓。きっとあれのせいだ。妙な胸騒ぎがする。
「ううん、なんでもない。さ、帰ろう」
こういっている間も何かが胸につかえているようで気持ち悪い。
「ああ、でも本当に大丈夫なのか」
「うん、へーきだよ」
そういって、歩き出すとユーリもしぶしぶと歩き出す。私は振り返りもう一度あの墓を見た。確かに私と同じ名前。名前はただの偶然とはいえ、あの日付が気になる。
茂みを抜けるとヴェルナーがニヤニヤして待ち構えていた。
「何かありましたか。へへ、お二人さん」
「いいえ、なんにも」
私がそう言い放つと女の子達のもとへと歩いていったけど、歩きざまに振り向くとヴェルナーがユーリをこづいているのが見えた。どうやら妙に気を利かせたらしい。
――その後、ローゼたちも無事絵を仕上げ孤児院訪問は終わるのだった。
時間は夕暮れ。みんなと孤児院の門を抜けると、そこに壁にもたれかかっているリアさんがいた。
「あんたを待っていたのよ」