シーン12「ティータイム」

――次の日。学校にて

 一時間目が終わり、賑わう教室。私はシアリィたちに囲まれていた。

「ねえ、あの後大丈夫だった?」
「そうだぜ、本気で心配したんだぜ」

 本当に心配そうなシアリィとヴェルナーの声。こんなに心配させたのは悪いなと思いつつもやっぱり嬉しかった。

「うん、心配かけてごめんね」
「あら、アイが心配なのはいつものことよ。いつ、どこの馬の骨に連れ去られることやらとヒヤヒヤしてるんだから」

と言って後ろに目配せするシアリィ。ユーリはそれに気づくと、居心地が悪そうに窓の外へ目線をうつした。

「シアリィ、馬の骨って言うのは、素性のはっきりしない人をあざけっていう言葉よ。だから使い方を間違えているわ」

 ジルエットの的確な指摘。あれ? という表情のシアリィにみんな笑みをこぼしている。
 そういえば、私は一つ疑問なことがあった。

「ねえ、一つ聞こうと思ってたんだけど、どうやってパパの連絡先がわかったの?」

 するとシアリィはその質問を待っていたのだろうか。おっほんとわざとらしく咳払いをして例のあの丸秘ノートを取り出し、

「これよ、これ」

とちらつかせた。

「アイのお父さんはあの格調高いヴァンデマール国立大学の理学研究科宇宙物理学専攻の第七グループの教授ね。大学の事務に電話をかけたらすぐ繋がったわよ」

 さすがシアリィだ。何でも知っている。でも、どうやって調べたのだろう。噂によると、クラス中のみんなの基礎データは一通り持っているらしい。
 そこにチャイムが鳴る。みんなが席に着くとすぐ先生がやってきた。




 それから学校が終わり、部活動があるみんなと別れを告げ、私は家路を歩いていた。建物の間からのぞく、昨日とはうってかわっての晴れの青空。秋の日差しが気持ちいい。ちょうど硝子館の隣の塔が見えてきた頃、不意に声がかかった。

「あれー、アイじゃない?」

 声のほうを向くと、それは見覚えのあるポニーテールの女の人。リアさんだった。そこは、オープンテラスのカフェ『ルーヒェ・テラッセ』。ぽつんぽつんと立つ深い緑色の傘の下にテーブルと椅子が置かれている。

「おーい、一緒にお菓子食べようよ」

 そういうとリアさんは立ち上がり、いたずらそうな顔をしてこちらに歩いてきた。

「うーん。相変わらずの赤い目ね」
「え、目の色は変わりませんよ?」
「あら、冗談が通じない子ね。言ってみただけよ。それより、ちょっとお茶しようよ」

 リアさんはニコニコしている。何だかリアさんのペースに飲まれつつあった。

「ほら、おいで」

 リアさんは後ろを向き、もうテーブルの方に歩き始めた。結局私は一緒にお茶をすることになった。リアさんは強引だと思う。
 席に着くと、そこにはウェイターさんがいた。その人の腕は筋肉が発達していて手のひらも大きくてそれがすごく印象的だった。

「ねえマテウス、この子にアップルパイ・ア・ラ・モードをご馳走したいんだけどいいかな。それと私の分もお願い」
「はい。かしこまりました」
「あらあら、相変わらず礼儀正しいのね」

 呆れたようにいうリアさんにマテウスと呼ばれたその人は一礼をすると店の奥へと歩いていった。何だか二人は顔見知りのようだった。

「あのウェイターさん、リアさんの知り合いですか」
「ん? ああ、あれは私のお兄さんよ」
「え、そうだったんですか?」
「ふふ、嘘よ嘘。いや、半分嘘で半分本当かな」

 この人は、時々意味深なことを言う気がする。そういう時は大抵表情が変わる。そして、切り替わるのも早かった。

「そういや、あの建物やっと完成するんだね」
「え?」

 リアさんが示す方向を向くとそこは少し広い広場になっていて、その奥に三階建ての施設があった。ツェツィーリエ孤児院だった。

「ああ、あの建物、明日私達行くんですよ」
「え、どーして?」
「あの建物、孤児院なんです。実は前は大聖堂前の通りにあったんですけど、あのあたりを街が開発するそうでそのあおりを受けてあの場所に建てかえていたんです。それが明日完成で学校行事で行くんですよ」
「そうなんだ。孤児院だったんだね」
「そういえば、私この道をいつも通るんですけど、出来るまでにかなり時間がかかっていたみたいですね」
「ああ、きっとあれね」
「え、あれってなんですか?」

 そう聞くとリアさんは得意げな顔をして語り始めた。

「あんた、この近くに断層が通っているの知ってる?」
「はい……そのせいで数十年に一度、地震が起こるそうですね」

 地震。私は地震が大嫌いだった。ママの命を奪った地震。私が生まれた日に、この地方を大地震が襲った。地震なんてなければいいのに。

「ん、大丈夫?」
「あ……何でもないです」
「うん、それで最近では十四年前の地震ね。あと、百年前にも大きな地震があったそうよ。百年前の時は衛生状態が悪くなったせいで疫病が流行ったんだ。それで親を失う子供が多くてね。この地方に孤児院が多いのはそのせいらしいわよ。でも最近は孤児も殆どいないし数が減ってるって聞いたんだけど、まだあるんだね」

 リアさんは妙に納得したように自分で言ったことにうんうんとうなづいている。

「それで、あれってなんですか?」
「ああ、そうそう。私すぐ脱線するのよ。それであれについてなんだけど、ちょうどこのあたりに断層が通っているらしいのよ。だから街の条例では断層があると推定されるラインから五十メートルの範囲内にあるエリアで建物を建てる時はちょうどそこに断層があるかどうか調べるようになっているんだ。その調査に結構時間がかかるのよ」
「へえ、リアさんって実は物知りなんですね」
「あら、実はは余計よ。これでも私、大学は飛び級だし、大学院も一年で卒業したし、しかもその後博士課程を免除してもらって即助手になったんだから。これでも結構優秀なのよ」

 パパは27歳の時に助手になったと聞いたことがある。リアさんはまだまだ若そうだった。

「そういえばリアさんって何歳なんですか?」
「あら、失礼な子ね。あまり女の人に年を聞くものじゃないわよ。まあ、答えるけど今は26ね。助手になったのは21の時かな」
「21って凄くないですか?」
「ああ、よく言われるわ。でも、色々あってすぐやめたけどね」

 そういうリアさんは少し嫌なことを思い出したみたいで、カップをがしっとつかんだかと思うと紅茶をぐいぐいと飲み干した。そこにウェイターさんがやってくる。

「お待たせしました」
「ハイハイ、お待たされましたよ」

 ちょっとぶっきらぼうに返すリアさんだったが、白いお皿に乗ったアップルパイ・ア・ラ・モードを見ると目を輝かせ機嫌もすぐよくなったようだ。

「これよ、これ。やっぱりアップルパイよね」

 まだ、あつあつのアップルパイに添えられた、アイスクリーム。紅茶も添えられ少し贅沢なお茶の時間。

「じゃあ、いただきましょうか」
「ハイ」

 リアさんは本当に幸せそうに口に運んでいる。私もそれに習うとあつあつのアップルパイと口の中で融けるアイスクリームとの相性が絶妙だった。

「これならクルルも喜ぶかも」
「んー? クルルって誰? アイの恋人?」
「いえ、そんなのじゃないですよ。うちで飼っているポケモンの名前です。色違いのプラスルなんですけど」


−チャリン−





 ……え?

 リアさんは手に持っていたフォークを落とし、微動だにしない。その顔は凍りついたかのようだ。

「リア……さん?」
「あ……ああ。ごめん。ちょっと用事思い出しちゃった。ゆっくり食事していってね。お代払っておくから」

 やっとそう声を振り絞ると、逃げるように奥へと歩いていった。
 もしかして、何かまずいことでも言ったのだろうか? 確か、様子がおかしくなったのはクルルの話が出た時だった。でも何が悪かったのかは全然分からない。


 カーン、カーン、カーン……

 遠くから聞こえる、五時を告げる鐘の音。
 陽が傾き、傘が大きく影を落としている。

 そろそろ帰らないといけない。私は紅茶を飲み干すと『ルーヒェ・テラッセ』をあとにした。