シーン11「休養の一日」
−ザーーーッ−
これは雨の音? 絶え間なく、しとしとと。
−ザーーーッ−
途切れない音。雨の日にいつも聞く、屋根を叩く粒の音。
−ザーーーッ−
いつのまにか、眠っていたのだろうか?
記憶をたどっていく。
私はクルルと散歩に出かけた。それから仮想バトルを観戦して、リザードンのあの炎を見て……
その時、何かを思い出しかけた。脳裏に浮かぶ激しく燃えすさぶイメージ。
私は動くことが出来ない。私を抱いて誰かが走っている。天地を切り裂く振動。降り注ぐ瓦礫。私を見つめる赤い瞳。だけど、その人の顔が思い出せない。思い出そうとした。色々、記憶をめぐらせようとした。だけどその瞬間、頭にものすごい衝撃が走る。
前にも燃えさかる炎を見て何かを思い出しかけたことがある。私の記憶のピースは、そのたびに少しづつ埋まっている。だけどあの人の顔だけは思い出せない。いや、それ以外のイメージだってぼやけたものを無理やり説明しているだけだった。
もう一度、記憶をたどってみる。その瞬間、頭に衝撃が走る。痛い。苦しい……
「プラ」
その声に私は目を開けた。
クルルがいた。クルルは驚いたのか、少しよろめいた。
ここは自分の部屋だった。窓の外は雨。
あの時、炎を見て気を失ったんだ。
私は火が苦手だった。火を見るだけで体が震えた。それでも、最近は大分マシになった。マッチの火くらいなら何とかなるくらいだった。でもあれだけの大きさの炎はやっぱり怖い。
クルルの方を向くと、じっとしている。クルルの頭をなでてみる。相変わらずの無表情。それでも、気を失った私の傍にいてくれたんだ。
「ありがとう」
私がそういうとクルルは視線を下ろし、布団の谷間に埋もれていた蜻蛉玉を掴んでじっと眺めている。よほど気に入ったのだろうか。
今思えば、雨が降っているということは、もうあの日ではないのかもしれない。目覚まし時計を見ると、ちょうど十一時をまわった頃。
クルルを抱きリビングに向かうと、軽快な包丁のトントンという音が聞こえてくる。キッチンに行くと、そこは熱気で包まれていてパパがちょうど鍋を仕込んでいるところだった。
「あれ、アイ、起きたのかい?」
「うん……ねえ、今日って何曜日?」
「ん? 月曜だよ」
それを聞いてびっくりした。ほぼ丸一日寝ていたことになる。
「え、じゃあ学校に行かなきゃ」
「ああ、学校には休みの連絡を入れておいたよ」
「そうなんだ。あれ? そういえばどうやって私、家に帰ってきたの?」
「ああ、電話がかかってきたんだ。アイが倒れたって。だから、私が迎えにいったんだ」
「え……ごめん。お仕事忙しいのに」
「ん? うちの学生はみんな賢いから全然大丈夫だよ。それに、こういう時くらい親らしくしないとな。とりあえず、元気そうだしリビングでテレビでも見てたらどうだい?」
パパに屈託のない笑顔でそう言われると従うしかない。パパは本当はすごく忙しいのに、悪いことしてしまった。そんな中クルルのお腹がくーっとなる。
「クルルと一緒に待ってておいで」
「うん」
私はリビングに行くと、クルルを座らせ、テレビのリモコンを取った。クルルはというと、さっきからずっと蜻蛉玉を見つめていた。
それを横目にスイッチを入れる。
−ピッ−
「あのまちこのひと! この番組は私リリスがお送り致しまーす! マサラタウンっていつもごきげん。おまわりさんのマモルってそれなりに…ね。グレン島って私のこと、どう思って…………」
これは多分前にシアリィが言っていた外国でやっている番組の吹き替え版だろう。シアリィの言っていたとおり逆の意味で面白そうだった。
チャンネルを変えてみる。
−ピッ−
「世界で初のクローンポケモンであるコラッタのコリンが先日、死亡しました。生後五年後の…………」
−ピッ−
「ジャン。おー、さすがはナギスケ画伯。今回もまた凄い絵ですねー。いやー、いっちゃってるね……」
−ピッ−
「今、噂のすんごいグリラー。フッ素樹脂加工だから油無しでも全然平気。これ一つで煮る、焼く、炊く、蒸す、揚げる、炒める、茹でる、全部出来ます! ほらっ。見てください。なんとカレーがたったの十五分で……」
これ欲しいかも。
「おまたせ」
その声に振り向くと、パパがお皿を運んでくるところだった。
「私も手伝うよ」
「ああ、ありがとう。でも、アイは座っていて」
私を気遣ってくれているようだった。パパはせっせと急ぎ足でキッチンに戻ると、すぐにカップを持ってきた。品目はミネストローネとサラダだった。
そんな中、クルルはじっと蜻蛉玉を見ていたのだけれど、ミネストローネと知るやいなやクルルは器に顔を近づけすすり始めた。この子はミネストローネが大好きだった。
「さて、食べようか」
「うん」
パパの作ったミネストローネ。それを食べるのは久しぶりだった。パパの作るミネストローネは本当においしい。私も大分この味に近づいたと思う。だけど、まだまだ届かない味でもあった。
「やっぱり、パパのミネストローネ、おいしい」
「そうか、ありがとう」
こうして、私は学校休みの午後をゆったりと過ごしたのだった。