シーン9「仮想バトル」
「悪い悪い。遅れちまったな」
ヴェルナーが頭をたれる。ヴェルナーはちょっとワイルドな感じの黒髪の男の子で、クラスの中でも少し悪ガキという感じでお調子者だった。あまり得意なタイプの男の子ではなかった。
「ったく。レディーを待たせるなんてなかなかいい心構えじゃない」
そんなシアリィに対してヴェルナーは頭が上がらないようだった。ヴェルナーはシアリィが苦手だった。
その隣でユーリが少し無愛想な面持ちでこちらを眺めていた。少し目が合ったけどすぐに目をそらしてしまう。やっぱり無愛想だ。ユーリは繊細な金色の髪にブルーの瞳と整った顔立ちで見た目的には格好いいはずなんだけど、性格のせいかみんなどこか近寄りがたく感じているようだった。私もあまり人のことはいえないのだけど。
「まあまあ、シアリィ。ヴェルナーも謝っているんだし許してあげよう。それよりポケモンバトルするんでしょう?」
ジルエットはおとなしめの女の子だったけど言うことは、しっかり言う子だった。シアリィも本気で怒っているわけでは無かった。ふとユーリのほうを向くとまた目が合ってしまう。一方、ヴェルナーはというとシアリィから解放されてほっと胸を撫で下ろしている。
「うっしゃあ。じゃあ行くか」
「行くかってどこに?」
「は? 仮想バトルシミュレーションセンターだよ」
そういうとヴェルナーは先陣をきって歩き始めた。みんなもそれに続く。
それにしても仮想バトルシミュレーションセンターとは何なのだろう。聞いた事も無かった。
「ねえ、シアリィ。仮想バトルシミュレーションセンターって何なの?」
「そうか。最近出来たばっかりだもんね。えーと……」
「あれ、シアリィも知らないの?」
「じゃあ私が変わりに答えるよ」
そう言ったジルエットの表情はなんだか自信に溢れているように見えた。
「ああ、そうか。ジルって仮想バトル、ジュニア部門のチャンピオンだもんね」
私は心底驚いた。ジルエットが実はバトルのチャンピオンだったなんて。
「それで説明なんだけど普通は生身のポケモン同士を戦わせるでしょう? でもこの地方はポケモンが少なくてトレーナーの数も少ないのよ。そんな中、考案されたのが仮想バトルなの。仮想バトルっていうのはポケモンバトルをバーチャルシミュレーションで行うの。だからデータさえ入力すればそのポケモンで戦うことができるの。そして、その仮想バトルができるのが仮想バトルシミュレーションセンターなんだ。だからポケモンセンターは本当に大きな町にしかないんだけど、仮想バトルシミュレーションセンターは最近結構あちこちにできてるんだよ」
「へぇ。すごい詳しいね」
さすがにチャンピオンというだけあってかなり詳しい。
そうこうしているうちに目的の場所にたどり着く。思ったよりもこじんまりとしていて周りの建物と同じような外観で少し意外だった。
ロビーで受付を済ませ専用の部屋に通されると、そこは直径十数メートルのドーム型の部屋。本当にこんな場所でバトルができるのだろうか。
ユーリとヴェルナーは向かい合わせに置かれたテーブルに備え付けられたノートパソコンを操作している。すると周りの景色が変わった。
一陣の風が吹く。
どこまでも続く草原。
空には雲が流れ飛行機が遥かかなたを飛んでいる。
思わず、私は息を飲んだ。五感全てがこの風景を感じている。
「解説するとこの風景はプラネタリウムと同じような仕掛けで投影されているの。で、その際空気中に光をよく散乱する投影用の霧を発生させるんだけど、その効果で物を立体的に映すことができるの。風は壁に隠された送風装置から、匂いは地面に開けられた小さな穴から出てきてるんだよ」
実に的確な説明だった。頭では仕組みを納得できても、この臨場感はやっぱりすごい。シアリィも目をまじまじとさせている。
「おーい、おまえら。データ入れるのに少し時間かかるからちょっと待ってろよ」
「早くしなさいよー」
私達、女子のグループは座って観戦することにする。私が真ん中に座ってその右隣にシアリィが、左隣にジルエットが腰掛けた。ジルエットは興味深そうにクルルを見つめている。
「かわいいプラスルね」
「あ、ジルエットはクルルを見るの初めてだったね」
「うん。私ポケモンを飼ったこと無いからすごくうらやましい。クルルっていうんだ」
クルルはそんなやり取りとは関係なくぼーっと前を見続けていた。その時不意にある疑問が浮かんだ。
「そういえばどうして私達も観戦することになったの?」
「ああ、あの二人って最近結構仮想バトルをしているらしいんだけどヴェルナーってば全然勝てないらしいのよ。だからこうやって誰かに見てもらうことで緊張感のあるバトルをしたかったんだって。だからポケモンバトルの権威であるジル大先生を誘って……というのは建前で……」
シアリィはどこか嬉しそうな顔をして私の耳に顔を近づけ、
(実はジルってヴェルナーのことが好きなのよ)
「えっ」
顔が赤くなるのを感じた。ジルエットも少し困った顔をしている。
「シアリィ。しゃべったんでしょう」
「でもジルって顔に出るからさ。クラスで知らないのは多分、超にぶいアイとあの無愛想なユーリくらいだと思うよ」
そんなシアリィにジルエットは顔を赤くしてしまっている。向こうではヴェルナーがこっちを向いて手を大きく振っていた。やっぱりお調子者だ。
「そういえばアイにもう一つ楽しい楽しい報告があるのよ」
シアリィはこれまた嬉しそうにまた私の耳に顔を近づけて、
(ユーリなんだけどアイのこと意識しているみたいだよ)
一瞬息が詰まった。ユーリはそんなことを話されているとは露知らず、カタカタとキーボードを打っていた。
「アイってば赤くなってかわいい」
シアリィは私の反応を見て楽しんでいるようだった。もちろん悪気は無いのだろうけど、ちょっぴり悔しい。
「でも私のどこが良かったのかな」
「あら、アイはにぶにぶだから気付いてないだろうけど、あんたを狙っている男子結構多いんだよ」
「うそ……私、顔だってそんなにかわいくないし……」
「んー、新手の嫌味ですかぁ。それともアイ得意の謙遜かな。この間もうちのクラスの男子がアイってお嬢様みたいってデレデレしてしゃべってたわよ。それ以外では隣のクラスのモーリアが火曜日の数学の授業で寝言でアイ、俺と結婚して、とかいってたらしいし。私の統計によるとかわいいっていうのもそうなんだけど、それ以上に守ってあげたいと思わせるオーラがアイからでているらしくて…………」
シアリィはメモ帳を取り出して更に語り始めた。そのメモ帳の表紙には[シークレット]という文字が書かれ、それをまるで囲んである。俗に言う丸秘ノートだった。シアリィは学校では情報屋として様々な秘密を握っていた。もちろんプライバシーもあるしそれを人前で話すことは殆ど無いのだけど、今日はシアリィの仕入れた情報がどっと入ってきてびっくりする事だらけだった。
「はぁ、シアリィってば本当に情報通なんだね」
「えへへ、すごいでしょ」
そんな中、ジルエットはポーチから小型のリンゴ印のついたノートパソコンを取り出したかと思うと何かをやり始めた。
「あれ、何してるの?」
「うん、計算しようと思って」
「計算?」
「うん。仮想バトルの場合、ダメージ計算がかなり厳密にできるのよ。どちらかというと数学の世界ね」
確かにジルエットは数学がすごく得意だった。それを言われるとジルエットがチャンピオンになれたというのもある意味納得できる。
「おーい。準備できたぞ」
ユーリとヴェルナーはお互い向かい合っていた。その手にはモンスターボールが握られている。
「確認だがルールは二体二のシングルバトル。先に二体倒した方が勝ちだ。いいか?」
「ああ」
「じゃあいくぜ」
お互いの手からモンスターボールが放たれる。
ポケモンバトル開始だ。