シーン6「クルルとの出会い」

――クルルとの出会い、それは三年前のことだった。あれは雪の降るクリスマス・イヴの日のこと。

 クリスマス・イヴ。街はクリスマスならではの装いを見せ、人々の顔は笑顔で溢れていた。クリスマス・イヴは特別な日。私にとってその日は楽しい日であり、また少し寂しい日でもあった。
 クリスマス・イヴは私の誕生日。そして、ママの命日。私が生まれたその日にママは天国に行ってしまった。


 三年前のあの日。私は毎年そうしているようにパパと一緒にママのお墓参りに行っていた。朝、シルフィー大聖堂で祈りをささげたあと、ママのお墓に行くのが我が家の恒例。あの日は一日中ちらちらと雪が舞っていたのを覚えている。私はあの日に思いを馳せていた。


 あの日の朝。私は簡単な食事を済ませたあと、自分の部屋でクラスメイトのシアリィからのクリスマスカードを読んでいた。シアリィとは気心が知れた中で私の数少ない友達だった。思い思いのシアリィらしい明るい文章で綴られたそれを読んでいると心が温まってくるのを感じる。ちょうどそれを読み終えた頃、パパがドアをノックした。出かける時間だ。
 私は、鏡台の前に置かれた硝子のネックレスを首にかけ鏡の中の自分を見た。これは、ママが私に遺してくれたもの。私の宝物だった。私はこれをクリスマス・イヴのこの日だけ身に付けるようにしていた。硝子で出来たそれは品のある輝きを放っていて硝子製とはいえ、どの宝石よりも美しく見えるほどの出来だった。きっとこれを作った人はすごい職人に違いない。

 玄関前にクリスマスリースを掛け大聖堂に出かける。私もパパもこの日は黒い衣装を身にまとう。とはいえ世間では楽しい日なので出来るだけ大げさにならないようにする。大聖堂は家から近く、ほどなく着いた。
 クリスマス・イヴということで既に多くの人が訪れている。大聖堂前の広場の中心には私の大好きな蒼い硝子の鳥のオブジェがどこか切なげにその存在感を示している。このオブジェはフリーザーという伝説の鳥ポケモンをモチーフにしているらしい。その隣にはひときわ大きなモミの木のクリスマスツリーが立てられ、リンゴの実やら何やらがぶら下がっている。そして今日はクリスマス・イヴなんだと改めて実感した。

 大聖堂で簡単にお祈りをささげるとお墓参りの時がやってくる。
 クリスマスは殆どの店が閉まっている。それでも大聖堂周りの店はいくらか開いていて途中で花屋さんによって花束を作ってもらった。

 パパのあとについて狭い路地をくぐり抜けるとやがて森に出る。枯れた木々が空を覆い、昼間だというのに薄暗い森。雪がうっすらと積もり、細い林道には誰かが通ったのだろうか、足跡が奥へと続いている。少し風が出てきた。吐く息が白く色づき、どこからかヤミカラスらしき鳴き声が聞こえてくる。こんな場所にママは一人で眠っている。そう思うと悲しくなった。やがて潮騒が聞こえてきたかと思うとぐっと視界が開ける。

 少し小高くなった丘に作られた墓地。斜面に沿ってそこには幾百もの墓標がある。ここでママは眠っている。
 私は潮騒の方向へと歩を進めた。潮の香りがくんと鼻をつき、遠くからはキャモメの鳴き声が聞こえてくる。崖の向こう側から海が少しずつ顔を出し、またいっそうと風が強くなる。丘を登るとやがてママのお墓が見えてくる。

(Flore)

 フローレ。墓標に刻まれているママの名前。一年ぶりの再会。ここからは海がはっきりと見える。ママはずっとこの海を見ているんだ。
 私は花束をそっと墓標に添えた。強い風に吹かれ、花が風に煽られている。
 硝子のネックレスをそっと撫で下ろすと、ママを近くに感じる。そう思うと想いが溢れてきた。


 どうして……どうしてママは私を置いていったの?
 私、ママの声すら知らないんだよ
 ねえ……お願い…………ねえ……
 (今年こそは泣かないって決めてたのに)
 みんなママがいるんだよ。私だけどうして?
 会いたいよ……会いたい………夢の中だけでもいいから私に会いに来て……


「ママ………ママァ…」

 色んな想いが溢れて頭の中でいっぱいになって、やっぱりママに会いたくて、それでもやっぱりママには会えないと分かって涙が止まらなかった。

 そんな時ふっと柔らかい感触に包まれ私はいつもパパに救われる。私が小さい頃はもっと泣き虫だった。それでもパパは何も言わずにこうやって抱いてくれて私が泣き止むまで待ってくれた。私はパパに抱いてもらえるとすごく安心する。でも涙はなかなか止まらなかった。そんな私にパパはこう言ったっけ。

「ごめんな」

 パパは何も悪くなかった。ただ私が弱くてわがままなだけ。パパはそう、何も悪くない。それなのにパパは本当に申し訳なさそうにそう言うのだった。
 それからどのくらいの時間が経ったのだろう。私の涙がだいぶおさまった頃、パパはこう切り出すのだった。

「海、見に行こうか」

 それは突然の提案だった。私の涙はまだ完全には止まっていなかった。それでも必死に涙を拭いて海のほうへと歩き出す。
 潮騒が聞こえる。崖に向かって歩いていくと冷たい冬の海が視界にどんどん広がっていく。切り立つ崖の傍に何本か花が咲いている。パパはどっと腰掛けた。私もそれに習った。

「落ち着いた?」
「え……うん」

 パパのおかげでだいぶ落ち着きを取り戻していた。最後の涙を手袋で拭く。
 切り立った崖の傍から恐る恐る海を臨むと波が激しく打ち寄せているのが見える。私はその高さに身震いした。そして、少し嫌なことを思い出してしまう。

「ねえ、パパ?」
「ん?」
「ここって何て呼ばれているか知ってる?」
「ああ、身投げの崖……だったかな」
「どうして自分の命を捨てようとするのかな? 私、分からない」
「うん、難しい問題だね。人生……辛い事も多いんだ。だから、そういうのに耐え切れなくなった人は死にたくなるのかもしれない」
「パパも…………パパも辛い?」

 するとパパはこんなことを言い出すのだった。

「それより、そこに咲いている花の名前知ってるかい?」
「え?」

 そこには薄紫色の花がちょこんと雪の隙間から顔を覗かせていた。その花はしっかりと根付いていて、その小さな身にしっかりと風を受けとめている。

「その花はね、マラコイデスっていうんだよ」
「へぇ、パパって何でも知ってるんだね」

 するとパパは少し得意そうな顔をしてこう続けた。

「じゃあさ。花言葉は何か分かるかい?」
「え、名前だって知らないのにそんなの分からないよ」

 パパは少し間を置いた。そして遠くの冬の寒空を眺めている。

「希望」
「え?」
「希望っていうんだよ。その花の花言葉。人生、希望を失わずに生きていれば何かいいことがあるんじゃないかな。実はこれ、ママが教えてくれたことなんだ」

 そんなパパが少し気障に見えて、もしかしてそういうところもママは好きだったのかなと思うとつい可笑しくなった。でもこれでやっと笑顔を取り戻すことが出来た。

「ありがとう、パパ」

 こうして私は最後は温かい心で帰路につくことが出来た。ママとは来年また会おうと再開の約束を心の中で交わす。来年こそは絶対涙を見せないようにしないと天国にいるママが悲しい思いをしてしまう。


 私たちは潮騒を背に歩き始めた。そして、森に差し掛かった頃。不意に後ろに何かの気配を感じるのだった。
 振り向くとそこには一体のポケモンがいた。野生のポケモンだろうか。私はパパと顔を見合わせた。

「珍しい。色違いのプラスルだな」

 このポケモンはプラスルというらしい。見た感じまだ幼いようだった。その子はこちらに歩いてきたかと思うと私の足にぴったりとくっついてくる。私はその子の手をそっと振り解くとじゃあねと言って立ち去ろうとした。だけどその子はついてくる。私が歩みを止めるとその子はまた足にぴたっとくっついてきた。

「ねえ、パパとママはいないの?」

 その子にたずねてみても何の反応も無い。と思うと次の瞬間私の胸に飛び込んできた。そして目を見てはっとした。すごく寂しそうな目をしていたのだ。私は正直どうすればいいのか迷った。

「もしかすると迷子なのかもしれないな」
「うん、そうだね」

 そうして、私たちはその子の親を探すことになった。その子を抱いて森の中を歩いてまわる。でも聞こえるのはヤミカラスの鳴き声ばかりで他のポケモンの姿は全く確認できなかった。だんだん日が沈んでいく。急ぐ必要があった。




――それから何時間歩いたのだろう。


 私はもうへとへとになっていた。パパも汗だくになっている。

「なあ、一つ思ったんだけどさ。マグダネーラさんの所に連れて行ったほうがいいんじゃないかな」

 マグダネーラさんとは私の家の隣に住んでいるお婆さんのことだ。ポケモンのことに詳しく、近所の子供たちのポケモン話の相談にも快く応じていた。この街にはポケモンセンターが無かった。このまま捨て置くわけにもいかないし、マグダネーラさんに相談するのがきっと一番いいと思う。

 夜遅く、マグダネーラさんの家を訪れる。マグダネーラさんはクリスマス・イヴの夜の来訪にも快く応じてくれた。リビングに通されソファーに腰をかけると疲れが吹き飛ぶようだった。向かいのソファーにはマグダネーラさんのパートナーのキュウコンがゆったりと座っている。マグダネーラさんはしばらくキッチンに行っていたがすぐに戻ってくるとハーブティーとドライフルーツが練りこまれたお菓子、シュトーレンを振舞ってくれた。

「すみません。こんな夜分に」
「いえいえ。それよりもそのプラスル、どうしたんですか?」
「ええ、実は墓地の近くにいるのを見つけたんです」
「そうですか、トレーナーのじゃあないんでしょう?」
「ええ。恐らく」

 パパの説明にマグダネーラさんは少し不審そうな表情をした。隣のキュウコンの毛を撫でつつしばらく考え込んだあと、

「実はねえ。この地方には野生のプラスルはいないんですよ」

 と言うのだった。

「あまり、考えたくないのだけれど、もしかするとこの子は捨てられたのかもしれませんねえ」

 その話をしている最中にもその子は私にぴったりとくっついて離れようとしない。そして、私の中にある感情が生まれていたのだった。

「ねえ、この子うちで飼ったらだめかな?」

 自分でも少し驚いていた。それまではポケモントレーナーになろうと思ったことも無かったし、ポケモンを飼おうと思ったことも無かった。今まで寂しかったからかもしれない。この子の寂しさと共感できる部分があったのかもしれない。理由は分からなかったけど私の中で何か母性本能のような感情が溢れていたのだった。

「いいけどちゃんと責任もって世話できるかい。ポケモンの世話は大変だよ」
「うん。私、この子を大事にする。絶対大事にする」

 私の決心は固いものになっていた。パパもそれを分かってくれたのだろうか。

「じゃあ、その子に名前をつけてあげないとな」
「えーと、うーん…………」

 しばらく考えた。色々な名前が頭の中を駆け巡る。そんな時ふっとその子と目が合った。そしてひらめいたのだった。

「クルル。クルルがいい」
「あ、意外と早かったな」
「え?」
「だってアイってこういう時すごく考え込むから」
「うん。なんかね、ひらめいたの」

 そうしてその子の名前が決まったのだった。

「クルル。これからよろしくね」

 クルルはただ私にしがみついていた。その目は本当に寂しそうで、どこを見ているのか分からなくて胸がずきんとする。これからは私が大事にしなければならない。

「アイ。何か分からないことがあったらいつでも相談にいらっしゃい」
「はい」

 これが三年前のクルルとの出会い。こうしてクルルは私のパートナーになったのだった。