シーン3「いつもと同じ夜」

 月の明かりが街を照らし始める頃、家にたどり着く。

「ただいまー」

 パパはまだ帰ってきてないようだ。
 リビングに行くと、窓際にはクルルがいた。いつものようにじっと外を眺めている。

「クルル、ただいま」

 クルルはのっそりと振り返ったかと思うと、無表情のままへたっと座り込んだ。どこを見ているのか分からない虚ろな瞳。この子とはもう二年以上一緒に暮らしているがずっとこんな調子だった。この子は感情に乏しい。いや、私も人のことは言えないか。
 感情を表さないといっても寒さは感じるらしく気づくと小刻みに震えていた。まだ、九月とはいえ夜はそれなりに冷える。棚からクルル用の毛布を下ろすとそっと羽織ってあげた。

−くーっ−

 今度はお腹がなった。生理的な部分はちゃんと主張してくる。
 私は食卓の上に置かれたママの写真にただいまと目で挨拶すると食事の準備にとりかかった。



――それから三十分くらいたった頃

 電気コンロにかけられた鍋からは白い湯気が昇り、キッチンは熱気に包まれている。
 スープを小皿によそって味見をするとなかなかいい出来だった。だいぶいい味が出せるようになってきた。


「ただいま」

 そこにちょうどいいタイミングでパパが帰ってくる。急いで玄関まで出迎えた。

「おかえりー。ちょうど今ご飯ができたところだよ」
「そうか、ありがとう。もうお腹ペコペコだよ」

 そう言うとパパは疲れているのかべたっと座り込んだ。
 パパは大学で教授をやっている。若干三十九歳で教授になるのはなかなか凄い事らしい。そんなパパは最近は教鞭をとったり学生さんの面倒を見るのがメインになっているらしくてあまり自分の研究に回せる時間がないと嘆いている。それでも毎日遅くても八時頃には帰ってくれるし家でも毎日三時間睡眠で研究を頑張っているから本当にスゴイと思う。
 これでママがいてくれたらと欲張りな私はつい思ってしまう。

「おや? もしかして今日はミネストローネかい?」
「すごい、よくわかったね」
「ああ、なんかアイの自信ありげな顔を見てたらそうかなと思って。図星だったようだね」

 パパは私の変化にすぐ気付く。そしていつも驚かされてしまう。
 ミネストローネは数ある私のレパートリーの中でも一番の得意料理だった。その自信が顔に出ていたのだろうか。実は自覚していないだけで私も案外、百面相なのかもしれない。
 パパは優雅に微笑むとやはり疲れているのかゆっくりとした動作で立ち上がり自分の部屋へと歩いていく。

「すぐ行くから」
「はーい」

 私はリビングへ戻ると配膳を始めた。バスケットにスライスしたパンを盛り、小皿にソーセージとチーズを添え、最後に深めの器にミネストローネを注ぎこむ。

「クルル。ご飯だよ」

 クルルはしばらく固まっていたが少しずつ俯き始めたかと思うと無表情のまま食べ始めた。なんだかんだいってひたむきに食べている姿はかわいい。
 その時、部屋着に着替えたパパが入ってきた。

「お、おいしそうだな」
「ふふ。私の自信作だよ」

 いつもと変わらない穏やかな食事のひと時。こうして今日という一日が過ぎ去ろうとしていた。