シーン2「リアさんのお店で」
リアさんに連れられ狭い路地をくぐり抜けると、そこには広い空間が広がっていた。
噴水のある大きな広場。私はこの場所を知っていた。私の大切なものが奪われた場所。
時間がたてば風景も変わる。前に来た時の面影はもうそこにはなく、広場に面してお洒落そうな店が軒を構えている。前に見た映画『にゃんこの恩返し』のにゃんこの事務所を彷彿とさせるものがあった。
「ねえ、何してんの? 行くよー」
リアさんはもう店の前にいた。
『ザルツ・プラット』
店の前に置かれたこじんまりとした看板に書かれたその文字はこの店の名前だろうか。安らぎの場所を意味する言葉。
そのとき何かの視線を感じた。上を向くと、二階のカーテンの隙間から誰かがこちらを見ているようだったけどすぐに隠れてしまう。あれは……ポケモン?
「ん? どうしたの?」
「あ、何でもないです」
リアさんはそんな私に少しきょとんとしていたが、すぐに笑顔をもらすと私を店内へと招きいれた。
−チリン、チリン−
心地よい鈴の音が響きわたる。
窓から夕日が漏れ、暖かい光に包まれた空間。ここだけが周りと違う時の刻み方をしているようだった。窓の間には大きな置き時計。独特の細工が施されているそれはかなりの年代もののようだった。
「ただいま、マスター」
「ん、おかえり」
奥から多くの年輪を刻んできたであろう素敵な声が聞こえてくる。カウンターから顔をひょっこりと出したのは、恰幅がよい温和そうな年配の方だった。
「おや、お客さんかい?」
「お客さんかい? って鈴の音が聞こえたでしょう?」
「いや、最近紛らわしくて」
「あぁ、そうか」
リアさんはなるほどねとうなづいていたが、私に気づくとこっちこっちと手招きした。
−チリン、チリン−
ん? 誰かが入ってきたのかと思ったけど誰もいない。そして、視線を戻した次の瞬間、
「チリーーーーーン」
「きゃ」
突然何かが現れた。
思わずしりもちをついてしまう。上を向くとそこには私を驚かせた張本人が嬉しそうにくるくると回っていた。前にアンティークショップで見かけた風鈴に近いその姿。このポケモンは確か……チリーンだっけ。
「こら、ダーウィン」
リアさんはチリーンに向かってそう怒って見せたが、ダーウィンと呼ばれたその子は悪びれる様子もなく上機嫌で空中を回っている。
「あー、ごめんなさい」
リアさんに手を差し出され起き上がると、その奥ではマスターが申し訳なさそうに頭をかいていた。
「いやあ、すまないねえ。わびといっちゃなんだが、おいしいケーキをご馳走するよ」
「え、いいんですか?」
「あら、今どき珍しい遠慮がちな子ね。マスターもああ言ってるんだしここは甘えときな」
「あ、ハイ」
こうして私はケーキを振舞ってもらえることになったのだった。
そのときダーウィンがリアさんの膝の上に滑り込んできた。
「チッリーン♪」
「ったく。あんたは甘えん坊なんだから」
「その子、すごくリアさんになついてるんですね」
「そうなのよ。まったく……いたずら好きで甘えん坊で困った子だわ」
リアさんはため息をついたが、それでも頭を撫でてあげている。
「そういえばさっき二階の窓際にポケモンがいるのを見たんです。この子だったんですね」
その問いにリアさんは少し浮かなそうな表情で宙を見つめたあと、
「んー。多分違うと思うよ」
と返してくる。何だろう。一瞬リアさんの表情が曇ったように見えた。しかし、すぐに表情を戻し笑顔になるとマスターに向かい合っていた。この人の表情はすぐに変わる。多分、百面相とはこの人のことをいうのだろう。
「マスター、コーヒーもらえる?」
「ちょっと待ってな」
「あんたもなんか飲む?」
「え、でも……」
「ああ、御代はいらないわよ。今日は私が半ば強引に誘ったんだし、それに……ダーウィンが失礼しちゃったしね」
そういうリアさんの表情は本当に素敵で笑顔が似合っていた。私は急いでメニューに目を通すとカプチーノを頼んだ。
それからの時間はとても楽しいものだった。
リアさんとは会話が弾み、マスターやダーウィンも時々話の輪に入る。リアさんは本当に話の引き出しが多くてどの話も面白い。リアさんは場を明るくする空気を持っていた。
やがて、カプチーノとミルフィーユが振舞われるとそれも絶品で、ここは穴場的なお店なんだなと思った。
そうして楽しい時間があっという間に過ぎ去り、いつしか時間がかなり経っていたようだ。
窓から漏れる明かりが夜の闇に変わろうとしていた。
私はリアさんに別れを告げると帰路についた。